音楽はひととひとを繋ぐ、とひとは言う。
ひとって誰だよ、実在の人物しか私は信じない、と言うひとがいるなら、
俺が言う、ということにしたっていい。
たとえ俺が実在の人物でなかったとしても、
音楽はひととひとを繋ぐ、という事実は間違いなく実在する。
実感として俺は、
音楽の趣味が合う人ならば、
どんなクズ人間でも友達になれる気がする。
なんでって、たぶん向こうもそう思ってるから。
音楽の趣味が合う人ならきっと、
俺みたいなクズ人間とでも友達になってくれるから。
こんなクズみたいな人間と、音楽の趣味が合うという一点だけで友達になってくれる人なら、
俺はたぶんその人がどんなにクズ人間でも許せてしまうし、
友達になれてしまう気がする。
理屈ではない、アイコンタクトのような友情で繋がれる気がする。
だから、音楽の趣味が合う人はそんじょそこらにはいない。
いやだってあれじゃない?、
うっかり音楽の趣味が合ったばっかりに、
こんなクズ人間と友達にならなあかんとかいややん。
好きなバンドが2、3かぶったところで、
いやー、でも俺はこの曲のこの部分が好きなんだよね、
え、ごめんこの音あんま好きじゃなかった?、そっかー
とか言って音楽の趣味の合わなさを浮き彫りにしていくことで、
音楽の趣味が合ってしまう、という事態を回避できる。
みんなあんま気づいてないけど、たいがいの宿命とか運命とかは、
自分の意志で回避できる。
ずるく賢く、選び取ることができる。
そういうこと。
だから俺は、
音楽の趣味すら合わないのに、
俺と友達でいてくれる友達に感謝している。
ほんと考えてみたら不思議で、
音楽の趣味が合わない以上、
友達でいる必要なんてないのに。
友達でいるかどうかはぜんぜん自分で選べるのに。
にもかかわらず、こんな俺と友達でいてくれる友達にとても感謝している。
音楽はひととひとを繋ぐけれど、
「音楽はひととひとを繋ぐ」という事実が人を繋ぎとめるわけじゃない。
別にありがとうとか言わないけど。
これからもたぶん音楽の趣味が合わなくてさみしいけど。
なんかそういうことを思った。
0 件のコメント:
コメントを投稿