2016年11月6日日曜日

ピエール・バイヤール「読んでいない本について堂々と語る方法」

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)
ピエール バイヤール
筑摩書房
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ある本を「読む」というのはいったいどういうことなのか、という命題を掘り下げていく本。冒頭でバイヤールは、「読んでいない」という言葉に対して切り込みを入れる。
「読んでいない」という概念は、「読んだ」と「読んでいない」とをはっきり区別できるということを前提としているが、テクストとの出会いというものは、往々にして、両者の間に位置づけられるものなのである。
注意ぶかく読んだ本と、一度も手にしたことがなく、聞いたことすらない本とのあいだには、さまざまな段階があり、それらはひとつひとつ検討されなければならない。「読んだ」とされる本に関しては、「読んだ」ということが正確に何を意味しているかを考えるべきである。読むという行為はじつにさまざまでありうるからだ。反対に、「読んでいない」といわれる本の多くも、われわれに影響を及ぼさないではおかない。その本の噂などがわれわれの耳に入ってくるからである。
こうしてバイヤールは、「読んでいない」を擁護するばかりではなく、「読んだ」という概念に揺さぶりをかけていく。



本は、著者の意図通りに読まれるわけではない。さまざまに読まれ、あるいは読み飛ばされ、解釈され、伝聞され、さらには忘れられ、記憶の中で改変される。「読んだ」という概念はかくもあやふやなものなのであるからして、ある本について語るのに「その本を読んだ」という権威を頼る必要はない。さあ、読んでない本について存分に語るがいい。

てな具合のことが書いてあって...いや、最後の部分になんか引っかかる。ほんとうに人類はこれで「本を読まなくては」という強迫観念から解放されたんだろうか。

例えば、「古事記にもそう書かれている」というミームがある。これは、ニンジャスレイヤーというサイバーパンク小説に出てくる表現だが、このミームを使うためにニンジャスレイヤーを読む必要はない。さらに言えば古事記も読む必要はない。読む必要はないが、このミームの意味と味わいを解することはしばしば必須の教養となる。

そういえば、野矢茂樹「語りえぬものを語る」で同じような構図が出てくる。以下、引用。
無意味論は、言葉が意味を持つことを否定する。より正確に言えば、「言葉の意味」と呼ばれるような何ものかを想定することを拒否する。 そしてその代わりに、「意味理解」について語ろうとする。「鳥」という語の意味は何か、と問うのではなく、「鳥」という語の意味を理解しているとはどういうことなのか、と問うのである。
「鳥」という語の意味を理解しているとは、任意の対象に対して、適切に「鳥である」と言い、また適切に「鳥ではない」と言えることに他ならない。そしてそうだとすれば、ここにおいて「意味」と呼ばれるなんらかの対象を持ち出してくることは、まったく余計なことだろう。意味なる何ものかを理解しているから、鳥と鳥でないものを識別できるのではない。
ある人が「鳥」という語について理解しているかテストするには、「鳥の定義は?」と聞くのではなく、さまざまな対象を指さして「あれは鳥か?」という聞くのがいい。「鳥」という語を理解している人は、鳥を指さした時には「鳥だ」と答え、鳥でないものを指さしたときには「鳥でない」と答えるだろう。

この「鳥」を「古事記にもそう書かれている」と置き換えても文意は同じになる。バイヤールが言っていることは、結局こういうことなんだと思う。「本を読んだ」というのは「本について語ることができる」というのと同じなんだ、と。

インターネットには読むことができるコンテンツは無限にある。すべてを読むことはできない。その特性上、おそらくインターネットは物理的な書籍の言論空間よりも「本を読んでいない」ことに対して寛容だ。それでも 「本について語る」ことは求められがちである。それは、まわりまわって「本を読む」ことが求められていることになりはしないだろうか。

なるほどバイヤールは「本について語れ」とは言っていない。「もし本について語らなければいけないとすれば」という仮定を述べているに過ぎない。しかし、そうして「本を読む」と「本について語る」を接続する機転は実は裏目に出ていて、「本について語る」ことを通じてますます「本を読む」ことが求められたりはしていないだろうか。「本を読む」という権威性はかたちを変えて人心に居座ろうとしていて、その歴史的な犯行現場を目撃しているんじゃないだろうか。足がすくんで動かないけれど、何ができるだろうか。

と、暗い気持ちになりながらつぶやいたツイートを、特に意味はないけど最後に書き記しておく。語るために読む必要はないけれど、語るための言葉を俺はまだ持ち合わせていない。

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