2009年12月30日水曜日

【本】アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録








新聞に「今年の三冊」という特集があって、
小説とかエッセイが当然のように並ぶ中で、
ひとつだけ、学者の人しか読まないようなマニアックなタイトルの本が混じっていたので、気になって読んでみた。


以下、あんまりまとめられない感想。
読みにくいよ。



オットー・アドルフ・アイヒマンは、
ナチス政権下のドイツで、ゲシュタポ・ユダヤ人課課長を努め、
数百万人のユダヤ人を強制収容所に送り込んだ。
戦後、アメリカ軍に拘束されるも脱走し、アルゼンチンに身を潜める。
しかし、1960年、イスラエルの諜報機関に拉致・逮捕される。
翌1961年4月から裁判が始まり、12月に死刑判決が出た。

この本は、
両親をナチスによって奪われたレス大尉が、
親の仇ともいえるアイヒマンに対峙し続けた、
その取調べの記録だ。

アイヒマンは、
ひたすらに自分の責任を矮小化しようとする。
「命令だったから仕方がなかった」
「自分は反対だった」
という弁明を繰り返す。

そして、自分が主体的にユダヤ人絶滅計画を推進したようなことは、
「絶対にしていない」
と頑なに否定する。
いかに資料や、同僚の証言がアイヒマンの残虐性を証明していても。

そうして必死に否定する箇所には必ずと言っていいほど、
アイヒマンに都合が悪い、隠しておきたい事実があった、
とレスは後書きで回顧している。



率直に感想を言うと、
面白い。
まるで分厚いホラー小説を読んでいるみたいに。

きっと、
小説を読んでいるみたいだと思いたいのは、
これが現実でなくてフィクションだと信じていたいからだろう。
面白がるのは、第三者の特権だ。
自分には関係ないから、面白い。


でもほんとは、
これは俺たちが生きている世界の話。
自分がその上に立って歩いて走り回っているのに、
何も知らない、この世界の話。

戦争のこととか、
人の心の暗い部分とかって、
知れば知るほど、
自分は何も知らないことがわかるだけな気がする。

ほんとに何も知らんねんなー、と思った。



でも、何も知らないことを差し置いても、
俺はやっぱりアイヒマンが実在の人間だと思えない。


人間じゃなくてなんなのか。


アイヒマンは、アイコンだ。
人間は、服従することでここまで残虐になれる。
「悪の権化」という、象徴化され、肥大化した存在だ。


たぶん誰もが、「アイヒマン」について語るとき、
それはアイヒマンという人物ではなくて、
「アイヒマン」という概念の話をしている。

それはアイヒマン自身も例外ではない。
アイヒマンは、過去の「アイヒマン」がやったことをまるで他人事のように話す。

例えば、
レスが自分の両親がナチスに殺されたことを話すと、
アイヒマンは「それはひどい!」と言ったそうだ。
アイヒマンは、それがひどいことだとは認識するけれど、
それは、自分がやったことだとは認識できない。
あくまで「アイヒマン」がやったことなのだ。


万事がそんな調子で取調べが進む。
取調べはレスがアイヒマンを取り調べるというよりも、
レスとアイヒマンが、「アイヒマン」は悪だったのかを議論する、
という構図で話が進む。

それはなんだか、とても虚しい。

ドイツは敗けたし、
アイヒマンは死刑になった。
でも結局、
「アイヒマン」の勝ち逃げなんじゃないか、
とふと思ってしまう。

なんか、悲しいとか悔しいとか、
よくわからない感情が湧き上がる。




Twitterで知り合いがつぶやいていたけど、
鷲田清一の「死なないでいる理由」という本の中で谷川俊太郎のこんな言葉が引用されている。
じぶんがだれかってことは、じぶんに聞いてもわからない。他人に聞いてもわからない。じぶんがだれかっていうことは、行為のうちにしか、現れてこないような気がする。じぶんが傷つけた他人の顔を見るとき、いくら疑っても、逃れようもなく、じぶんが、ここにいるのを感じる。

考えてることも変わるし、
細胞だって新しくなるし、
過去の「じぶん」が今の「じぶん」と同じかどうかわからない。

じゃあ「じぶん」は連続してないかというとそんなことはなくて、
「じぶん」という存在はいろんな他者との関係性の中にあって、
そうした他者との相対位置がいきなりは変わらないことが
「じぶん」の連続性を保証している。

その関係性の中には当然、過去の失敗とか罪とかがあって、
そういう過去の未熟な「じぶん」がやったことでも、
なんであんなことをしたのか今思うとわからないようなことでも、
「じぶん」の一部だと引き受けるからこそ、
「じぶん」の連続性は保たれる。


でも、
「逃れようもなく、じぶんが、ここにいるのを感じる。」と思わない人もいて、
思わない人は簡単に逃げられる。


ずるい。

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