2014年1月23日木曜日

ロボット時代の悪人正機説

学会誌「人工知能」の表紙について人工知能学会が説明 「女性差別」の批判受け - ねとらぼ - http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1401/09/news082.html


この話題、いまさらすぎるけど思ったことをメモ。
人間らしさとは何なのか、について。

「らしさ」には、「らしさ」と「らしくなさ」があって、
例えば俺が、隣の人のボケにツッコミあぐねてもごもごしていると、
「ゆんらしいね」とか「関西人らしくないね」とか言われたりする。

前者は、直截的な「らしさ」で、
俺という人間は優しさゆえに人にうまくツッコめない。

後者は、ややテクニカルな「らしさ」。
俺は俺であると同時に関西人でもあるはずなのに、
「関西人ならツッコミがうまいはず」という一般的な性質(というか偏見)を満たさない、
という点で俺は特徴づけられていて、関西人「らしくなさ」は同時に俺「らしさ」になる。

そういう「○○なはずなのにそうなっていない」という差分こそが、
「らしさ」として強烈に認識される。



その論理でいくと、人間は人間らしくなれるのか、あやしい。
人間は人間だから、そこに差分は存在しない。
人間ひく人間はゼロだ。

人間らしさ、というのは、
人間である、という静止した状態のことを言うのではなくて、
人間になろうとするベクトルのことをきっと言うねんてば。きっとそう。

そういう意味で、人間らしさコンテストがあるとすれば、
人間よりロボットのほうがきっと有利だ。
人間から隔たったもののほうが、人間らしくなれる。

人間でさえ人間を目指して人間らしくある。
いわんやロボットをや。


って書いて、なんかもはや元の話題と関係なくなってしまった気がした。あれっ...笑
いやでも、話題が途中でバグるのって人間らしいですね。逆に。

2 件のコメント:

みなみ さんのコメント...

大学のときに「人間性(humanity)について」というレポートが出て、「非人間的(非人道的)な行為こそが最も人間的な行為」という結論にしたような気がします。

Hiroaki Yutani さんのコメント...

たしかに! なんという模範解答。