Mum以来の衝撃。
エレクトロニカの未来がここにある。
あふれるテクノロジーの中にあって、
生音を奏でられる数少ないアーティストだと思う。
って書いて思ったけど、
生音ってなに?
生の音が何かを知るためには、
生じゃない音は何なのか知らなくてはいけない。
パソコンとか、スピーカーとか、
そういったものを一切介さない音を生音と呼ぶなら、
俺らが日常に耳にできる音楽のほとんどは生音ではない。
生音なんて、誰かの口笛くらいだろう。
でも少し別の視点から見てみると、
自分たちの耳に響くのは生の音しかない。
どんなデジタル信号も、空気の振動に変換されないと
ひとのこころには届かない。
そういう意味では、すべての音は生音だ。
デジタル時代の音楽は、
音とは何かを問いかけている。
Four Tetが鳴らす音は、
10年前なら生音ではなかった。
でも、今は日常に溢れる音だ。
上のYoutubeの動画を見たときに流れる音は生音ではないけれど、
スピーカーからこの曲を聴くとき、
きっと俺は普段自分の回りにある音を思い出す。
それはパソコンの起動音かもしれない。
黒板をひっかく音かもしれない。
「生だった」音を思い出すことで、
俺は生じゃない、冷凍保存された音を解凍している。
それは同時に、冷凍保存された思い出を解凍していることでもある。
生音とは何か、
音とは何か、
という問いに答えるとき、
俺は何を思い、
何を知るのだろう。
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