2010年4月9日金曜日

くるり「竹田の子守唄」




この曲を岸田繁が歌っている音源は、
すたあと長田というNGOのチャリティアルバムに収録されていて、
いまはたぶんほぼ入手不可能なんじゃないかな。

Radioheadの「How To Disappear Completely」を彷彿とさせるアレンジ。
さすがくるり。
そして、名曲だな、と思う。

この曲はでも、1990年まで放送禁止だった。

この曲は京都、大阪の複数の被差別部落に伝わる守り子歌(子守の仕事をしている子供の労働歌)である。 この民謡・歌曲が注目されたきっかけは1969年にフォークグループの「赤い鳥」が演奏したことである。しかし、そもそもは住井すゑの『橋のない川』が舞台化される際、音楽担当であった尾上和彦が被差別部落の一つである京都の竹田地区で採集した民謡を編曲して使ったもので、それが竹田地区の部落解放同盟の合唱団のレパートリーとなり、フォーク歌手たちにも広まったと考えられている。尾上和彦が採集したのがたまたま竹田地区であったので、「竹田の子守唄」とされた。それ以前は題名がついてなかった。
Wikipedia - 竹田の子守唄

この歌詞が、部落問題と関係あるとかないとか言われているけれど、
その辺の重箱の隅をつつくような話は、俺にはよくわからない。
でも、子守唄が部落で歌いつがれるのには理由がある。

 明治に近代化が始まり、工場などの賃金労働者として若い女性たちもかり出されます。当然、部落の女性たちも子守よりは条件のいい工場へ行こうとしますが、そこで就職差別にあいます。仮になんとか勤めたとしても、一緒にご飯を食べさせないなど様々な残酷な差別がありました。そして、泣く泣く家に帰ってくる。そうすると部落の子どもたちに残された労働手段は、内職や守り子しかなかったのです。それで、うたい継がれた子守唄は長く、部落の中に残ったのだそうです。
http://www.beats21.com/ar/A04021902.html



俺がいま大学院にいる理由は、
この「竹田」と少し関係がある。

という話を書こうと思ったけど、
なんかうまく書けないな。。
たぶん、難しい問題だから。
また日を改めます。




ちなみに、Wikipediaの文章に出てきた住井すゑの『橋のない川』は、
被差別部落を舞台にした小説。名著であると言われている。
読もうと思いつつまだ読んでない。

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2 件のコメント:

fujimon さんのコメント...

先輩で竹田の子守唄をテーマに在日朝鮮問題を書いた人がいた。思いだしたな。

うちの大学は竹田に近かったし、高瀬川からくだってくと南の竹田近くを通って、最終的に淀川まで流れる。川の上流と下流でここまで風景がちがうのかと驚いたもんです。また大学院との兼ね合いもきかせて~

yung さんのコメント...

へー、興味深いテーマですね。

余裕があれば前期のうちに調査に行くかもしれません。
また話します◎