2009年5月6日水曜日

【本】土木国家の思想 - 都市論の系譜(その2)


本間義人「土木国家の思想 - 都市論の系譜」日本経済評論社 1996



歴史に「もしも」はない。

それでも、もう少しマシな今があったんじゃないか、という思いはつきない。「もしも」の積み重ねでできてきたこの世界を背負う人間にとっては。


この本は、世界で稀に見る土木国家になった日本の歴史を振り返り、
住宅より土木を、生活より産業を優先する、
そんなのじゃない日本のかたちがあったんじゃないか、
という「もしも」を指摘する。

「鉄のトライアングル」と呼ばれる政・官・財の癒着構造を生み出した、中曽根康弘。

住宅や水道より道路や河川を優先するという「本末論」を唱えた、芳川顕正。

欧米の都市計画を学んで地方自治の重要性を感じつつも、旧「都市計画法」によって中央集権体制をつくりあげてしまった、池田宏。

貧困層のための住宅提供を政策に掲げながら結局は道路に予算を割いた、関一。

土地高騰によって様々な原因を引き起こした日本列島改造論を論じた、田中角栄。

「都市経営」を掲げて神戸の山を削り海を埋め立てた、宮崎辰雄。


けれど、「もしも」を振り返れば振り返るほど、
それは「もしも」ではなくて必然なのだと思えてしまう。
それほどに「土木国家の思想」が一貫としてある。
生活を無視し、民意を無視し、
産業優先で中央集権の、くにのつくり方。


悪い意味での歴史の重みを知った。
それをはねのけるだけの意志の強さが欲しいと思った。

忌野清志郎、最後の曲

忌野清志郎が、死んだ。

代わりなんていない。

mixiのミュージシャンのコミュではよく
「ポスト○○は?」なんていうトピックが立つ。

そのトピックにはたくさんのバンドの名前が書き込まれる。
まるで「代わりなんていくらでもいるんだ」と言わんばかりに。
そんなことを話してどうする、と思う。
そのひとが奏でられる音はそのひとだけのもので、
代わりなんていないのに。

忌野清志郎は、この人の代わりなんていない。と強く思わせるミュージシャンだった。


そんな忌野清志郎が残した、最後の曲がある。
関西のラジオ局FM802の開局20周年キャンペーンソング「Oh! Radio」だ。
ラジオ局で流れてるのは忌野が歌ってるわけじゃなくて、くるりの岸田繁とかHYとかスガシカオとかが歌っている。今はラジオ局限定だけど、忌野清志郎バージョンもやがてCD化されるのではないか、という噂がある。

遺作「Oh!RADIO」 記念盤でCD化か
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2009/05/05/02.html



FM802を聴いてたらよく流れてくる。
忌野が残したシンプルなメッセージが胸を打つ。


Oh! Radio 聴かせておくれ この世界に 愛と平和の歌を


というフレーズがあるけど、この曲がまさに愛と平和の歌な気がした。

2009年5月4日月曜日

スラムドッグ$ミリオネアと音楽

いまさらだけど、スラムドッグ$ミリオネアを観てきた。
スラム街出身の青年がインド版「クイズ$ミリオネア」に出て、
インド版みのもんたのプレッシャーを受けつつも正解を重ねていく。
問題に関連して過去の回想シーンが挟まれ、徐々に彼の平坦ではない素性がわかっていく。
で、最後はインド映画っぽく踊る、という話。

結論から言うと、普通におもしろい。
まだ観てないひとは観た方がいい、とみんな言うけど、その通りだと思う。
まだ観てないならいますぐ映画館に直行した方がいい。


でもこれを観たからって、インドがわかるとかそういうものではない気がする。
別にボンベイに行きたくなるわけではないし、
帰りにカレーを食べたくなるわけじゃない。
インドを舞台にしてるけど、
インドについての映画ではない。
まあ、だから普通におもしろいんだと思う。


話は変わって、
内容もさることながら、音楽がすばらしい。

アカデミー作曲賞と歌曲賞をとったこの映画の音楽は、
A.R.ラフマーンというインドの有名な作曲家が担当している。
あの有名な(俺は観たことないけど)「踊るマハラジャ」もラフマーンが音楽を担当していた。
インドっぽく、でも現代音楽っぽく。
とにかく、映画を見る時は音楽にも耳を傾けて欲しい。

インドには民族も文化も色々あるから、音楽もいろいろあるみたい。
ラフマーンは、タミル系のひと。
もともとタミル語映画のサントラをつくっていたそうだ。


便乗して紹介すると、
最近はASIAN DUB FOUNDATIONにはまっている。

↓ここで試聴できる。
ASIAN DUB FOUNDATION


エイジアン・ダブ・ファウンデイション(Asian Dub Foundation)は、イギリス出身のエレクトロニカ/ダンス系音楽グループである。在英のインド・バングラデシュ系のメンバーによって構成されている。略称は「ADF」。
エスニックなアジア音楽を取り入れたブレイクビーツに乗せて、辛らつな社会風刺や政治批判のメッセージを発信するスタイルを持つ。ダブを基調としつつ、バングラビートやジャングル、レゲエにヒップホップ、さらにパンク・ロックまで幅広い音楽性をクロスオーバーさせた「無国籍」なサウンドは、しばしば『ミクスチャー・ダブ』などという言葉で語られることになる。(Wikipedia)


と書いてあるけど、調べてみると「インド・バングラデシュ系」という部分は間違いで「インド・パキスタン系」のような気がする。
ADFは「バングラ」という音楽のジャンルを広めたことで有名で、たぶんそれで「バングラデシュ」と書いたんだと思うけれど、バングラは、パンジャーブ地方(インド・パキスタンが接してるところ)の音楽で、バングラデシュとは関係ない(たぶん)。
カタカナにするとわからないけど、

Bhangra

と

Bangladesh

で発音も違う。
でも日本語では、バングラデシュっていうのバングラって縮めたりするよね?
うーん…ややこしいなー。


とはいえ俺もインド音楽をよく知らないのでよくわからない。
インド音楽の中にどういうジャンルがあるのか、
そもそも「インド音楽」ってひとまとめにできるのか、
詳しいひとがいたら教えてください!


あともうひとつ。
↓映画の舞台になってるボンベイ(ムンバイ)のバンド。
Bombay Dub Orchestra

模様替え失敗

うーん。。。

このブログをいじって、
↓こんなふうにしたかったけど
http://bookreader.cognitom.com/

うまくいかない。悔しい。

2009年5月3日日曜日

聞きたいことしか聞こえない。

研究計画書ってどうやって書くのか、博士課程の先輩に聞きに行ったら、
お前は自分ひとりでできるタイプか、
ひとにアドバイスをもらいつつつくっていくタイプか、
と問われて答えに迷った。

俺はよくひとに話を聞きにいくけど、
実は半分くらい聞き流してる。
気付いたら晩ご飯の事とか、
昨日読んだマンガの続きとかを考えてたりする。


退屈なんだよ、しゃべんな。


とまで思うことは稀だけど、
そういう集中力のなさにけっこう真剣に悩んでいる。

なんでって、
俺がほんとに土木系の仕事に就くとしたら、
いろんなひとの話を聞かなくてはいけない。
それは退屈どころの話ではなくて、頭がパンクしそうになる。
土地収用法について調べていて、そんな気がした。


土地収用というのは、個人が持っている土地を公共の目的のために、強制的に売ってもらうという制度。ダムとか道路とかをつくったりするのに、住民の賛成が得られないと使われる。
「公共のため」という大義名分を振りかざし、個人の土地を奪う。
いつの時代?と思うかも知れないけど、今でもガンガンやってる。


そのためには土地の権利者と事業者を交えた公聴会を開かないといけなくて、国交省のページにいくとその議事録が見られる。

一般国道42号改築工事(紀宝バイパス)に係る公聴会議事録につい
一般国道468号新設工事(首都圏中央連絡自動車道)[有料道路名「東京湾横断・木更津東金道路」]に係る公聴会議事録について
第二京阪道路及び近畿自動車道門真ジャンクションに係る公聴会議事録について


たぶん俺は、
勇猛果敢に生活者の視点からの意見を述べているひとじゃなくて、
「先ほどお話しした通り」
「今後も誠意を持って対応して参ります」
みたいな言葉でお茶を濁している側の人間になる。

なんかそんな未来がほの見える。
いやだ。


うちの準教授はたぶん、そんなこと気にしない。
公共のためならいいんじゃない。と言う。
でもじゃあ「この方がみんなが得するから、あなたは損をしてください」と面と向かって言えるのか。
少なくとも、俺には言えない。


公共事業をやる前に、公共とはなんなのか考えたい。
でもそのためには、俺の聞く耳キャパシティが足りない。
聞きたいことしか聞こえない。


なんかそんなことに悩んでしまった。
とりあえず、目の前のひとの話をちゃんと聞こう。
うちの準教授の話にもちゃんと付き合おうと思った。(注:下ネタをのぞく)

【本】土木国家の思想 - 都市論の系譜(その1)


本間義人「土木国家の思想 - 都市論の系譜」日本経済評論社 1996



まだ読み終わってないけど、この本はおもしろい。
日本がなぜ土木国家になったのかという歴史がかかれている。
文系の人にとっては当たり前なのかもしれないけど、
理系にとって歴史は古くて新しい。
どういう経緯で今があるかをすっとばして、
技術の話ばかりをいつも聞いているから。


日本が土木国家になった起源は、
一般には戦前、大政翼賛体制になった1940年あたりだと言われるが、
もっと昔、明治維新の頃まで遡ることができる、と本間氏は言う。

1888年、東京府知事芳川顕正が山県有朋宛てに提出した上申書で
首都東京の近代化の基本に触れて
「道路・河川・橋梁ハ本ナリ、水道・家屋・下水ハ末ナリ」と述べた。
これを「本末論」と呼ぶ。

「本末論」の解釈はひとによって違う。
この本では、道路・河川・橋梁をつくることが最優先で水道・家屋・下水は後回し、つまりは、産業が優先で、人々の住環境はどうでもいいということ。と捉えられている。

しかし一方で、俺の大好きな藤森照信とかは、これは、産業を重視して市民を顧みないとかそういう、大事さの違いのことを書いてるわけではなくて、単に、どっちも大事だけどまずは都市の骨組みである道路を造って区画を固め、しかる後に住環境の整備をする。というつくる順番のことを書いただけだ、と反論している。


これらの意見をもつのはそれぞれ、
前者は文系の人間、
後者は理系の人間が多いらしい。

理系は、その時点のことを深く考察し、
文系は、前後の歴史を踏まえて文脈を読み取る。


たしかに、字面だけを見れば、
藤森照信のように好意的な解釈をすることもできるが、
その後、住環境整備は遅々として進まなかったこと、
また、道路・ダムなど産業のためのインフラへの投資額の高さ、さらには土木業界と官僚との癒着が、現在に至るまで続いていることを踏まえると、人々の住環境はどうでもいいや的な発想があったことは想像に難くない。


文系と理系の違い、
技術は中立的ではありえないこと、
とか、日頃想ってることがちょっとクリアーになった気がする。
明日がんばって読み終えよう。

2009年5月1日金曜日

なぜTwitterが攻撃されるのか。

TwitterがXSSワームの複数の亜種に攻撃される(ZDNet Japan)
http://japan.zdnet.com/sp/feature/07zeroday/story/0,3800083088,20391683,00.htm

フランスのハッカーがTwitterの管理パネルにアクセス(ZDNet Japan)
http://japan.zdnet.com/sp/feature/07zeroday/story/0,3800083088,20392623,00.htm


ここ最近、Twitterが攻撃されるニュースが続いている。

Twitterは、ブログとチャットの中間のようなサービスで、
「いまなにしてる?」という質問に140字以内のつぶやきを投稿する。
mixiとかFacebookみたいに中毒性の高いのじゃなくて、
お互いにつぶやき合うことで「ゆるい」コミュニケーションが生まれる。
というのを売りにしている。


Twitterのシンプルさは、奇跡的だ。

他のSNS、例えばFacebookとかが、
これでも足りない、これでも足りない、と
ビョーキみたいに機能を追加していく一方で、
Twitterは140字の投稿しかできない。

Small is Beautiful.
と言ったのはシューマッハだが、
そういうことだと思う。
必要なものなんて、そんなにたくさんはない。


そのTwitterが最近よく攻撃されている。
なんでなのか、俺にはよくわからない。
なにか恨みを買うようなことをしたのか、
それとも理由なんてないのか。


気になって過去のニュースを探ってみると、こんなのがあった。

Twitterはアンフェア——開発者が非難(ITmedia)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0904/23/news049.html


なるほどTwitterはそのシンプルさゆえに、
言わばインフラみたいな役割を果たしている。
TwitterのAPIを利用したアプリが巷に溢れている。
インフラがちょこまか動くようでは、その上に成り立つ開発者は不安定で仕方がない。
そういう、開発者への思いやりが欠けている、という批判がある。


でも、これが攻撃を受ける理由になるのかな。
俺にはよくわからない。

誰か理由を知っていたら教えてください。