2009年4月26日日曜日

【本】CasaBRUTUS特別編集 ニッポンのモダニズム建築100


CasaBRUTUS特別編集 ニッポンのモダニズム建築100



思うに土木には、空間論が足りない。
世界は物質だけでなりたっているわけではないことを忘れている。
俺たちは意味の宇宙を泳いでいるのに。

建築と土木の一番大きな違いは、
人がそこにいることを想定しているかいないかだ。
だから土木の足りない部分を知るために、建築の本を読もうと思う。


モダニズムというのは日本語で言うと「近代化」だけど、
西洋にとっての近代化は、伝統様式と決別して機能性・合理性を重視することで
日本にとっての近代化は、西洋の伝統様式を真似ることで、
別の、というかむしろ逆の意味だ。
なのでややこしいので、前者の意味での近代化は「モダニズム」と呼ぶことになっている。


日本でのモダニズムの歴史を少し振り返ってみる。
(この本の受け売りだけど)


日本の様式や西洋の様式の表面的な模倣をやめて、
新しい建築をつくっていこうとする運動が起こったのは、1920年代。
伝統をうわべだけなぞるのではなくて、
西洋と日本の伝統の根源にある考え方を融合させようという運動。

しかし、戦争中のナショナリズムの高まりによって、
日本の様式を過度に重視する帝冠様式が台頭し、
モダニズムは一時影を潜める。

戦後になるとモダニズムはまた復活して、
丹下健三や前川国男などがモダニズム建築をひっぱっていく。
高度経済成長期で、みんなが発展や未来の可能性を信じていた時代だった。

1970年代、モダニズムの合理性・機能性追求は行き過ぎているんじゃないか、
モダニズムみたいな味気ないやつじゃなくて、
もっと芸術的な建築をつくろう。というポストモダンの動きが生まれる。
よくわからないけどたぶん、
モダニズムは理論重視で、
ポストモダンはセンス重視、
みたいな感じなのかな。

でもそれも1980年代くらいで収まってきて、
いまもモダニズムは続いている。
モダニズムは、未来を目指す運動だ。


そんなモダニズム建築がどんどん取り壊されている。
過去の未来は、過去だ。
モダニズム建築は機能性重視だから、
ぱっとみてもすごさがわからないものも多い。
でも、その地味な外見の中には、建築家の想いや知恵が込められている。


そんな優れたモダニズム建築を残そう、という世界的な運動が
DOCOMOMO(Documentation and Conservation of buildings,sites and neighbourhoods of the Modern Movement)
だ。

DOCOMOMOが残そうとしているのは、
どっちかというと物質としての建物ではなくて
建物に込められた意味だ。

でも、それはとても難しい。
たとえ建物は残せても、
その建物にまつわるストーリーはどんどん鮮度を失っていく。
意味は死に絶えるかもしれない。

まだまだモダニズムの延長線上にある現代において、
建物に込められた意味や知恵を、
そしてそれだけでなくて、失敗を。
学ぶことは、とても大切だ。
歴史に学ばない者は歴史を繰り返す。

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