2009年6月19日金曜日

Twitterとイランのいざこざ

片付けているはずなのに、
片付ける前よりも
片付いてない気がする。

これはなんかあれだよね、
治りかけがかゆい的な。
つまり俺の部屋は今かさぶた的な。

あーやだやだ。
考えるだけでもかゆい。
かゆいのはいやだ。
と思って現実逃避にブログを書いてみます。



米国務省、Twitterへのメンテナンス変更要請に関して見解を表明
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20395210,00.htm

16日の夜に、Twitterのメンテナンスが予定されてたけど、アメリカ政府の意向で延期になった。
なぜかというと、イランの選挙後のどたばたがあるかららしい。
イランはいま国内外の記者に対して報道管制を敷いていて、情報の発信が極端に少ない。
だから、TwitterとかFacebookとかのソーシャルメディアからの情報が重要になるからだそうだ。


新聞とかテレビが規制されてる時でも自由に報道できる、
やっぱりネットのパワーはすごいよね。

というのがポジティブな捉え方なのだろうけれど、
俺はちょっとやな感じがした。
なんかやだ。かゆい感じがする。


アメリカ国務省がネットを情報収集に利用するということは、
その逆にアメリカがネットの情報発信を遮断することもあるわけだ。


ネット上は個人の世界だ。
ブログでTwitterで情報を発信する個人メディアは、
自由なように見えて、意外と脆弱な気がした。

オールドメディアは、発信する人は少ないけれど、伝達する媒体はいろいろ(新聞、テレビ、口コミとか)あった。
一方でネット上のメディアは、発信する人は多くても情報が伝わるルートがインターネットしかない。
そしてみんながインターネットしか使わないことで、他のメディアは衰退していく。
でも、インターネットという公共インフラを使っている以上は、自由を謳歌しているようで国の手のひらの上で踊っているだけ、ということもある。
例えば中国みたいに。


確かにネットは自由だ。
Twitterの自由さはすばらしい。
でも、それは誰かに与えられたからすばらしいんじゃない。
俺たちはもっと、自由を勝ち取ることに真剣でないといけない。
でないと自由はやせ細る。

2 件のコメント:

fujimon さんのコメント...

CNNのイラン報道を見ていると確かにやたらとfacebookとか、ネット上の個人情報をソースとして取り上げているね。キャスターは「イランのほうが街頭運動できるが中国はそれさえもできない。だからダメ」という個人の意見を引用していたり。

ネット上にある情報をどこまで引用するかは、本当にきわどいね。

yung さんのコメント...

メディアがそれを取り上げるのはいいと思うんです。それをどう受け取るかのリテラシーを俺たち視聴者が身に着けないといけないけど。

でも、政府が国策として口コミを監視するのは、なんか干渉しすぎな気がして。